大山顕『チェルノブイリ』
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大山顕『チェルノブイリ』

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2016年10月のチェルノブイリの写真記録。大山顕デザイン&制作写真集。 A5判並製、全38ページ 【「チェルノブイリ」あとがきより:  本写真集は「ゲンロン」がプロデュースする『チェルノブイリ産業遺産と歴史都市キエフをめぐる7日間』(二〇一六年一〇月七日~一三日)に参加して撮影したものをまとめた一冊。写真が全体的にしっとりとしているのは旅の間じゅうずっと雨だったから。  ぼく自身はいわゆる原発問題に強い興味があるわけではなく、ただ単にすごい構造物が見たい! という物見遊山気分で向かった。とはいえいざ現場見たらシリアスな気分になるんだろうな、と思っていたが実物見たらあっけなくエキサイトしてしまった。現実の圧倒的な光景がもたらすのは矛盾する心持ちだ。大事故起こした原発に対して「かっこいい!」っていうのは不謹慎だが、どう見てもかっこいい。「思わず惹かれてしまう生身の自分」をどう取り扱うか、という問題に直面するのが旅ってものなんだろう。  原発施設内の食堂で食事をするという得難い体験もした。最も神妙な気持ちになったのはその時だ。配膳のおばちゃんと、言葉は通じないながらにこやかなやりとりをしたときに「ああ、この人にとってはこれが日常なんだよな。毎朝ここへ出勤して、夕方に帰って」と思って、へんな言い方だけど、うれしくてちょっと泣きそうになった。  事故後三〇年間ここはずっと工事現場なのだ。そしておそらく今後もずっと続く。そこで働く人にとっては日常にならざるを得ない。未曾有の大事故の落とし前をつけるには、多くの人の日常が必要とされるのだ。  だから「チェルノブイリどうだった?」と聞かれたら「ふつうだった」というのが一番正直な答えだ。この「ふつう」の体験をするためにわざわざウクライナまで来たんだな、としみじみ思った。これこそ来てみないとわからないことだ。まさか、ふつう、て。ねえ。】